東京地方裁判所 平成9年(ワ)19752号・平10年(ワ)960号 判決
平成九年(ワ)第一九七五二号 損害賠償請求事件(甲事件)
平成一〇年(ワ)第九六〇号 報酬金反訴請求事件(乙事件)
甲事件原告(乙事件被告) 大島直人
右訴訟代理人弁護士 藤田康幸
同 福地直樹
甲事件被告(乙事件原告) 常世田美保
甲事件被告 株式会社トライハートコーポレーション
右代表者代表取締役 柿崎高
甲事件被告 株式会社アトラスにじゅういち
右代表者代表取締役 明石哲生
甲事件被告 株式会社サイバーキッズ
右代表者代表取締役 白岩由次
右四名訴訟代理人弁護士 千川健一
主文
一 甲事件被告常世田美保は、甲事件原告に対し、金四八〇万円及びこれに対する平成九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 乙事件原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用中、甲事件原告(乙事件被告)と甲事件被告常世田美保(乙事件原告)との間に生じた費用については、甲事件乙事件を通じこれを五分し、その四を甲事件原告(乙事件被告)の負担とし、その余を甲事件被告常世田美保(乙事件原告)の負担とし、甲事件原告と甲事件被告株式会社トライハートコーポレーション、甲事件被告株式会社アトラスにじゅういち及び甲事件被告株式会社サイバーキッズとの間に生じた費用については、全部甲事件原告の負担とする。
五 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
1 甲事件被告常世田美保(以下「常世田」という。)は、甲事件原告(以下「大島」という。)に対し、金三九二〇万円及びこれに対する平成九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 甲事件被告株式会社トライハートコーポレーション(以下「トライハート」という。)、甲事件被告株式会社アトラスにじゅういち(以下「アトラス」という。)及び甲事件被告株式会社サイバーキッズ(以下「サイバーキッズ」という。)は、大島に対し、連帯して金三三三〇万円及びこれに対する平成九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
1 乙事件被告(以下「大島」という。)は、乙事件原告(以下「常世田」という。)に対し、金四七八万円及びこれに対する平成一〇年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 常世田は、反訴請求(乙事件)につき、平成一二年三月八日付け訴えの変更申立書により、「大島は、常世田に対し、金一八五八万円及び内金四七八万円に対する平成一〇年一月二三日から、内金一三八〇万円に対する平成一二年三月九日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との訴えの追加的変更を求めた。
これに対し、大島は、右変更申立ては口頭弁論終結直前の申立てであり、民事訴訟法一四三条一項但書の「著しく訴訟手続を遅滞させることとなる」場合に該当するとして、右申立ての却下を求めた。
第二事案の概要
甲事件は、タレントの売り込み等を業とする大島が、主にアダルトビデオの女優として活動していた常世田に対し、専属契約に違反してトライハート及びアトラスの制作販売したアダルトビデオに出演したとして、債務不履行に基づく損害賠償を請求すると共に、常世田を売り込んだサイバーキッズ並びに制作販売を担当したトライハート及びアトラスに対し、共同不法行為に基づく損害賠償を請求したところ、常世田が、専属契約は無効であり、仮に有効であるとしても解除されたとしてこれを争い、これに対し、大島が、仮に契約が解除になったとしても、予備的に民法六五一条二項による損害の賠償を求めるとした事案である。
乙事件は、常世田が大島に対し、出産前の契約に基づく未払出演料の支払いを求めると共に、専属契約の無効に基づく不当利得の返還又は右契約が有効である場合には未払出演料の支払いを求めたところ、大島が、前者に対しては、免除、相殺等を主張してこれを争い、後者に対しては、契約の有効を前提として相殺を主張してこれを争った事案である。
一 争いのない事実等(争いのある部分は書証番号を示す。)
1 大島は、タレントの売込み及びマネージメントを業とする「オフィスボニータ」を個人で経営している。常世田は、アダルトビデオ、写真集、雑誌の写真グラビア等の出演等の活動をするタレントである。
トライハート及びアトラスは、映画、ビデオソフトの制作、複写販売、出版物、映画、ビデオソフトの輸出入等を業とする株式会社である。サイバーキッズは、音楽、映像に関する原盤(ミュージックテープ、コンパクトディスク等)の企画及び制作等を業とする株式会社である(以上、争いがない)。
2 平成六年六月、大島は常世田を東京都新宿区内でスカウトした。常世田は、同年九月ころ、大島との間で、大島が常世田のためにビデオ制作会社や出版社との間においてビデオ出演、写真集の出演交渉を行う旨を内容とするマネージメント契約(以下「本件復帰前契約」という。)を締結し、大島の専属タレントとして「有賀みほ」の芸名でビデオ撮影等の活動を開始した。同年一二月には常世田のファンクラブが結成された(以上、争いがない)。
3 ところが、平成七年一月になって、常世田は、大島に対し、現在妊娠しており、近々結婚して出産するつもりである旨を告げてきた。常世田は、大島との話合いの中で、今後のタレント活動については可能な限り続けるものとし、その後一時活動を休止したい意向を示した。そして、出産後に復帰するか否かについては、出産後に改めて当事者間で話し合うことになった(以上、争いがない)。
4 常世田は、平成七年九月一五日、出産した。同年一一月ころ、常世田が夫を同伴して大島の事務所を訪れ、話合いがもたれたが、復帰するとの結論が得られないまま話合いは終わった(以上、争いがない)。
5 その後、常世田は夫と不仲になり、平成九年一月に離婚するに至った。
その少し前である平成八年一二月三一日、常世田は、概ね以下の内容の大島との間のタレント専属契約(以下「本件専属契約」という。)の契約書に署名押印し、これにより、常世田は平成九年一月から大島の専属タレントとしてタレント活動に復帰した(以上、争いがない)。
(一) 常世田は「有賀みほ」の芸名で、平成九年一月一日から平成一一年一二月三一日まで、大島の専属タレントとして活動する(第1条、第3条1)。
(二) 常世田は、大島の専属タレントとして、大島がビデオ制作会社等との間で取り決めた映画七本、ビデオ一〇本、写真集三冊に出演し、その制作のための撮影その他のイベントに出演する(第2条)。
(三) 常世田は、(一)の契約期間中、大島以外の第三者の企画、制作等にかかる映画、ビデオ、写真集に出演しない(第5条1)。
(四) 常世田は、(一)の契約期間終了後も、大島の承諾がない限り「有賀みほ」の芸名を使用してはならない(第5条2)。
(五) 常世田が(三)及び(四)に違反したときは、大島に対し、違約金として五〇〇万円を支払う(第5条3)。
6 その後、常世田は江藤某(以下「江藤」という。)を同道する等して大島に対し出演料の値上げを要求するようになり、予定されていたタレント活動も中止となった(争いがない)。また、常世田は、大島に対し、平成九年四月七日付け内容証明郵便(以下「第一通知書」という。)により、本件専属契約が無効であることを「宣言」すると共に、出産以前の平成七年制作分のビデオ等の未払出演料、平成九年制作分のビデオの未払出演料の支払いを求めた(乙一の1、2)。
7 江藤は、平成九年四月末ころ、常世田をタレントとしてトライハートに売り込む交渉を行い、これを受けて、トライハートはアトラスとの間でビデオの販売について交渉を行った。一方、サイバーキッズの代表者である白岩由次(以下「白岩」という。)も、江藤と通じて、トライハート及びアトラスに対し、常世田のビデオ出演を売り込んだ。これらの交渉の結果、常世田とトライハート及びアトラスとの間でビデオ出演契約が締結され、同年六月ころには常世田が出演するビデオが制作され、同年八月一五日に発売されるに至った(以上、争いがない)。
二 争点に対する当事者の主張
1 本件専属契約の効力
(一) 大島の主張(甲事件の主位的請求原因)
(1) 大島は、常世田からタレント活動に復帰したいとの申入れを受けたが、従前、本件復帰前契約を締結していたにもかかわらず、常世田の突然の妊娠によりタレント活動を中止され、その後の復帰の約束も果たさなかった等の経緯を考慮し、今後の大島と常世田との関係を明確にしておいた方がよいと考え、平成八年一二月三一日、本件専属契約を締結した。
(2) ところが、常世田は、平成九年三月になって出演料の値上げを要求するようになり、常世田の婚約者と称する江藤が常世田のタレント活動をやめさせる旨を通告してきた。そして、大島が今タレント活動をやめれば本件専属契約違反になることを伝えたにもかかわらず、常世田は、このころからアダルトビデオの撮影、写真集の撮影、CDの録音等のタレント活動を勝手にキャンセルし始めた。その後、常世田は、前記一の7記載のとおり、トライハート及びアトラスと出演契約を締結し、アダルトビデオ撮影等のタレント活動を行った。
(3) 本件専属契約においては、アダルトビデオ一〇本、映画七本、写真集三冊の制作販売が合意されていたから、常世田のこれらの行為は、本件専属契約に違反するものであり、大島は、これにより、以下のとおりの合計三九二〇万円の損害を被った。
<1> ビデオ制作会社との間で契約が締結されたアダルトビデオ五本のうち二本が制作できなかったことによる損害として、五本制作した場合の収益二三〇〇万円(制作会社から支払われる予定であった出演料二八〇〇万円から、常世田に支払われる予定であった出演料一本当たり一〇〇万円の計五〇〇万円を控除した金額)から、実際に原告が得た収益一二七〇万円(制作会社から支払われた一三五〇万円から、常世田に支払った八〇万円を控除した金額)を控除した一〇三〇万円。
<2> 本件専属契約で合意されていたアダルトビデオ一〇本を前提として、残りの五本についての得べかりし利益二三〇〇万円(アダルトビデオ五本の出演料二八〇〇万円から常世田の出演料五〇〇万円を控除した金額)。
<3> 写真集二冊の得べかりし利益として九〇万円(出演料一〇〇万円及び五〇万円から、常世田の出演料五〇万円及び一〇万円を控除した金額)。
<4> 本件専属契約に基づく違約金五〇〇万円。
(4) したがって、大島は、常世田に対し、債務不履行による損害賠償として、三九二〇万円の支払い及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(三) 常世田の主張ないし反論
(1) 公序良俗違反(甲事件主位的請求原因に対する抗弁その1)
本件専属契約締結にあたっては、常世田は、大島から常世田の出演料、大島のマネージメント料について全く聞かされることなく、大島の言うがままに契約書に署名捺印した。そして、大島の主張によれば、大島が制作会社から受領する出演料がアダルトビデオ五本で二八〇〇万円(一本当たり五六〇万円)、常世田の出演料が一本一〇〇万円であるところ、大島のマネージメント料は一本当たり四六〇万円となり、実に八二パーセント以上にのぼる暴利行為であって、本件専属契約はこのような暴利行為であるにもかかわらず、常世田の無知、軽卒さに乗じて不当な利益を得るため締結されたものであると言えるから、民法九〇条に違反し無効である。
(2) 要素の錯誤(甲事件主位的請求原因に対する抗弁その2)
制作会社が大島に払う出演料は、常世田のアダルトビデオ出演そのものに対する対価であり、大島は常世田の代理人として制作会社と契約を締結するのであるから、右出演料は重要な要素であるところ、常世田は、制作会社から受け取る出演料、大島のマネージメント料について明らかにされることなく本件専属契約を締結し、契約書の交付も受けていない。したがって、右契約締結にあたっては、契約の要素である右出演料及びマネージメント料につき常世田に錯誤があると言えるから、右契約は民法九五条により無効である。
(3) 損害に対する反論
本件専属契約は無効であるから損害は生じていない。
また、仮に右契約が有効であるとしても、違約金は賠償額の予定と推定される(民法四二〇条三項)から、原告の得べかりし利益等の填補賠償請求と違約金請求の二重の請求は不適法である。さらに、専属タレントとして拘束する根拠となる契約金二〇〇万円につき常世田はその支払いを受けていないから、違約金の請求自体、信義誠実の原則に反し許されない。
(三) 大島の反論
(1) 抗弁その1に対する反論
本件専属契約は暴利行為ではない。また、契約書作成にあたっては、大島は常世田に対し十分な説明をしているから、常世田の「軽卒・無経験に乗じて」契約を締結した事実もない。
被告の主張は、そもそも、常世田が突然のキャンセル等により周囲に多大の迷惑をかけ、かつ復帰の約束も果たさず、ファンの期待を裏切ったこと、アダルトビデオ業界の女優の人気が非常にうつろいやすいこと、出産による体型への影響、子供の存在発覚のおそれ等、原告が多大のリスクを抱えながらも、常世田から離婚後の生活を支えるため懇願されて本件専属契約を締結したという本件の事情を無視したものである。
(2) 抗弁その2に対する反論
本件専属契約締結当時はまだ大島と制作会仕との契約は締結されておらず、その後の契約締結においても常世田の出演料の取決めはされていなかったから、本件専属契約において、大島が制作会社から受領する出演料やここから控除するマネージメント料は契約の要素ではない。
また、契約書作成にあたっては、大島は常世田に対し十分な説明をし、常世田は契約内容を納得した上で署名押印したのであるから、常世田に何ら錯誤はない。なお、常世田はアダルトビデオに出演することを家族に知られたくないと希望していたため、本来常世田に交付すべき契約書を大島において保管していた。
2 本件専属契約の解除について
(一) 常世田の主張(甲事件主位的請求原因に対する予備的抗弁)
(1) 仮に、本件専属契約が有効であるとしても、大島には、平成七年一月制作のアダルトビデオ出演料一〇〇万円、同年二月制作のアダルトビデオ出演料一〇〇万円及び写真集五〇万円、平成九年一月制作のアダルトビテオ出演料一〇〇万円、同年二月制作のアダルトビデオ出演料一〇〇万円の未払いという債務不履行があった。また、大島には、契約の重要な要素である制作会社からの出演料を常世田に告知しなかったとの債務不履行も存在した。
これらの債務不履行に基づき、常世田は、大島に対し、第一通知書により本件専属契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は同月八日に到達した。仮に、第一通知書により解除の効果が生じないとしても、常世田は、大島に対し、平成九年四月二八日付け内容証明郵便(以下「第二通知書」という。)により解除の意思表示をし、右意思表示は同月三〇日に到達した。
(2) 仮に、大島に債務不履行がなかったとしても、常世田は、大島に対し、第一通知書ないし第二通知書により、民法六五一条一項に基づき本件専属契約の解除の意思表示をした。
(二) 大島の反論ないし主張
(1) 後に述べるように大島に復帰前の出演料の未払債務はない。また、出演料を常世田に告知する義務もないから、いずれにしても大島に債務不履行はない。
(2) 本件専属契約は典型的な委任契約ではなく、雇用契約又は請負契約の性質を有するものであるから、民法六五一条一項に基づく解除は許されない。仮に委任契約であるとしても、本件専属契約は受任者である大島のためにも締結された契約であって、大島が著しく不誠実な行動に出た等のやむを得ない事由はなく、委任者である常世田には解除権を放棄したと認められる事情があるから、やはり同項に基づく解除は許されない。
(3) 民法六五一条二項の損害賠償請求(甲事件の予備的請求原因)
仮に、本件専属契約が民法六五一条一項により解除されたとしても、常世田は、右契約を大島の不利な時期に解除したのであるから、大島に対し、同条二項に基づく損害賠償責任を負う。
そして、常世田が賠償すべき損害は、前記1の(一)の(3) の<1>ないし<4>と同じである。
(三) 常世田の反論
仮に、大島に債務不履行がなく、民法六五一条一項による解除であったとしても、常世田に賠償義務はない。
まず、違約金については、前記1の(二)の(3) のとおりである。また、大島は、訴状と同様の得べかりし利益を主張するが、民法六五一条二項の損害の範囲は「解約自体から生じる損害」ではなく、「時期が不当であったことから生じる損害」であるから、大島の主張は失当であるし、常世田に支払った出演料のみを控除している点においても不当である。
3 共同不法行為について
(一) 大島の主張
(1) トライハート、アトラス及びサイバーキッズは、常世田が大島との間で本件専属契約を締結していること、右契約期間中は大島以外の第三者の企画制作にかかるビデオ等への出演が禁じられていること等を知りながら、前記一の7記載のとおり、常世田が出演するビデオの制作販売に関する契約を常世田との間で締結し、あるいは常世田を売り込む等し、これにより、大島が得るべき収益を失わせたから、大島に対して共同不法行為責任を負う。
(2) トライハートら三名の共同不法行為により、大島は、前記1の(一)の(3) の<1>及び<2>の計三三三〇万円の損害を被った。
(3) したがって、大島は、トライハート、アトラス及びサイバーキッズに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として、連帯して三三三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(二) トライハート外二名の反論
本件専属契約が無効である以上、トライハート、アトラス及びサイバーキッズの大島に対する共同不法行為も成立しない。
また、トライハート及びアトラスについては販売会社であり制作会社ではない上、いずれの当事者も、大島に未払出演料支払債務が残っていることを常世田から聞き、常世田らの本件訴訟代理人弁護士(以下「本件常世田代理人」という。)の意見をもとに常世田と契約を締結しているから、本件専属契約を侵害するとの故意、過失がなく、不法行為責任を負わない。
4 復帰前の出演料について
(一) 常世田の主張(乙事件の請求原因その1)
常世田は、大島との間で本件復帰前契約を締結し、これに基づき、平成七年一月制作アダルトビデオ(常世田の出演料一〇〇万円)、同年二月制作アダルトビデオ(同一〇〇万円)、同月制作写真集(常世田のモデル料五〇万円)に出演した。しかし、常世田は、これらの出演料の支払いを受けていないので、大島に対し、未払出演料(報酬)として計二五〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成一〇年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(二) 大島の主張(乙事件の請求原因その1に対する抗弁)
(1) 常世田に対し、未払出演料が計二五〇万円あったことは認めるが、うち一〇万円については平成七年四月七日に常世田に前貸しをし、さらに七〇万円については歯の治療代として右出演料から控除する旨の合意があったから、未払出演料残金は一七〇万円であった。
ところが、常世田は、突然の妊娠、結婚によりタレント活動をキャンセルし、復帰するとの約束にも違反して復帰しなかったところ、弁護士を介した交渉において五〇万円の違約金の支払いを呈示し、その後も大島に対し未払出演料の支払いを全く求めることなく、平成八年一二月にタレント活動再開のために大島に連絡をとった際にも右請求をしなかったから、常世田は、大島の常世田に対する未払出演料債務を免除する旨の意思表示をしたというべきである(なお、準備書面には「放棄」とあるが、民法上の債務の消滅原因である免除を主張しているものと善解した)。したがって、大島の常世田に対する未払出演料支払債務は消滅した。
(2) 仮に右主張が認められないとしても、右経緯からすれば、常世田が復帰前の出演料の支払いを求めることは、著しく信義に反すると共に権利の濫用である。
(3) 仮に右主張が認められないとしても、大島は、平成一〇年五月二八日付け準備書面をもって、常世田の右債権を、大島の常世田に対する甲事件の損害賠償請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
5 復帰後の出演料について
(一) 常世田の主張(乙事件の請求原因その2)
(1) 既に述べたとおり、本件専属契約は公序良俗に違反し、又は錯誤により無効であるから、大島がビデオ制作会社から受領した出演料一三五〇万円は大島の不当利得であり、このうち常世田が受領済みの七二万円を控除した一二七八万円は不当利得として常世田に返還されるべきである。
(2) 仮に本件専属契約が有効であるとしても、常世田は三本のアダルトビデオに出演しているから、出演料一本につき一〇〇万円(契約書には一本八〇万円と記載されているが、契約金二〇〇万円を一〇本分に分割して一本につき二〇万円を上乗せする旨を常世田は大島から強引に了承させられていたから、一本一〇〇万円となる。)の計三〇〇万円から常世田が受領済みの七二万円を控除した二二八万円は、出演料(報酬)として常世田に支払われるべきである。
(3) よって、常世田は、大島に対し、主位的には不当利得として一二七八万円のうちの一部請求として二二八万円を、予備的には出演料(報酬)として二二八万円の支払いを求めると共に、これらに対する反訴状送達の日の翌日である平成一〇年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(二) 大島の主張ないし反論
(1) 乙事件の請求原因その2の主位的請求に対する反論
既に述べたとおり、本件専属契約は有効であるから、常世田の主張は理由がない。
(2) 乙事件の請求原因その2の予備的請求に対する抗弁
常世田は、タレント活動に復帰した後三本のアダルトビデオに出演しているが、最後の三本目の出演料については直接制作会社から支払われているから、アダルトビデオ二本分の出演料二〇〇万円から既払分の八〇万円(常世田は七二万円と主張するが、支払額は八〇万円であり、うち八万円が源泉徴収されたものである。)を控除した一二〇万円が、常世田の復帰後の出演料債権残額である。
大島は、平成一〇年五月二八日付け準備書面をもって、常世田の右債権を、大島の常世田に対する甲事件の損害賠償請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
なお、契約金二〇〇万円については、常世田の方から一度に多額の収入があると児童扶養手当が受給できなくなるので、分割して給与の形で支払ってほしい旨の申出があったため、一〇回に分割して出演料に上乗せする旨を了解したものである。
6 乙事件の訴え(反訴)の追加的変更について
(一) 常世田による追加的変更の内容
(1) 常世田は、復帰前の出演料二五〇万円の請求(乙事件の請求原因その1に基づく請求)につき、右請求を予備的請求とし、新たに主位的請求として、不当利得に基づく八〇〇万円の返還請求を追加した。その内容は、本件復帰前契約における制作会社、常世田、大島の関係下においては、芸能事務所である大島が取得し得るマネージメント料は、タレントである常世田が制作会社から取得する出演料の五割が限度であるから、大島が常世田の復帰前のタレント活動において制作会社から受領した二四〇〇万円のうち一二〇〇万円は常世田が取得すべきものであり、ここから常世田が受領済みの四〇〇万円を控除した残金八〇〇万円が大島の不当利得になるというものである。
(2) また、常世田は、復帰後の出演料二二八万円の請求(乙事件の請求原因その2に基づく請求。主位的請求が本件専属契約無効による不当利得一二七八万円の内金請求、予備的請求が報酬金二二八万円の請求。)につき、主位的請求は従前のとおりとし、従前の予備的請求を第二予備的請求とし、新たに第一予備的請求として七六八万円の不当利得請求を追加した。その内容は、前記(1) と同じ理由により、復帰後のタレント活動において大島が取得したはずである一六八〇万円の半額である八四〇万円から、常世田が受領済みの七二万円を控除した残金七六八万円を不当利得して返還を求めるものである。
(3) さらに、常世田は、全く新しい請求として、復帰前に大島が制作会社から受領した四八〇万円につき、実質は常世田の支度金的な性質を有するものであるとして、前記(1) と同じ理由により、その半額の二四〇万円の不当利得返還請求を追加した。
(4) さらに、常世田は、復帰前の写真集(乙事件反訴状三頁記載のもの)についての五〇万円の報酬金請求を追加した。
(二) 大島の主張
これらの訴えの追加的変更は、口頭弁論終結直前の申立てである上、いったん証拠調べが終了し、その後に実施された再度の証拠調べも終了していることからすれば、著しく訴訟手続を遅滞させるものであり、右申立ては却下されるべきである。
仮に、右申立てが認められるとしても、変更後の請求原因事実は全て争う。
第三判断
一 乙事件の訴え(反訴)の追加的変更の許否について
前記第二の6の(一)の(1) ないし(4) の訴えの追加的変更の内容につき、順次検討する。
まず、同(3) については、復帰前に大島が制作会社から出演料とは別に受領した金員の性質を問うという点で、これまで審理の対象となっていなかった全く新しい争点を提示するものであり、その内容からしても、復帰前については報酬金請求を、復帰後については本件専属契約が無効であることを前提とする不当利得返還請求(右契約が有効であった場合は報酬金請求)を求めるこれまでの請求と比較し、請求の基礎を同一にするとは言い難いから、民事訴訟法一四三条一項本文により、同(3) の訴えを追加することは許されない。
次に、同(1) 及び(2) については、不当利得の根拠として、マネージメント料を五割以上とることは許されないとの新しい主張を述べるものであって、これまでの本件専属契約の無効を前提とするものとは異なるが、いずれにしても大島が制作会社から受領した出演料につき、常世田との関係で不当利得を主張するとの大枠においては共通するから、請求の基礎には変更がないと解することができる。しかし、甲事件が平成九年九月一九日に提起され、乙事件(反訴)が平成一〇年一月二一日に提起され、九回の口頭弁論期日を経て同年一〇月二九日に大島の本人尋問、平成一一年一月二一日に常世田、サイバーキッズ代表者白岩の各本人尋問、同年六月三日にトライハート及びアトラスの各代表者本人尋問が実施されたこと、その後、和解勧告がされたが和解打切りとなり、判決手続に向けて主張整理のための弁論準備手続期日が実施されたこと、これらを経て、平成一一年四月の裁判官交替を考慮し、特にもう一度証拠調べを実施するとの趣旨において、平成一二年二月三日、大島、常世田の各本人尋問、大島の妻の証人尋問が実施されたこと、同日、直ちに弁論を終結することはせずにもう一度最終段階における和解勧告との趣旨で、和解期日が同年三月一〇日に指定されたこと等の本件の審理経過に鑑みれば、常世田が平成一二年三月八日になって、同日付け訴えの変更申立書にかかる変更申立てをしてきたことは、著しく訴訟手続を遅滞させることとなると言えるから、同法一四三条一項但書により、同(1) 及び(2) のとおり訴えを変更することは許されないと解すべきである。
なお、同(4) については、同(1) の中の復帰前の出演料二五〇万円の請求のうちの写真集五〇万円の請求と全く重複するから、これを追加することが許されないのは明らかである。
以上より、常世田の平成一二年三月八日付け訴え変更申立書にかかる訴えの変更申立ては許されないから、右申立てを却下する。
二 争点に対する判断
1 証拠(甲一ないし七、八の1ないし4、九、一〇の1、2、一一の1、2、一二の1、2、一三の1ないし3、一四ないし一八、一九の1、2、二〇の1、2、二二の1、2、二三、二四、二五の1、2、二六、二七、乙一の1、2、二の1、2、五ないし九、大島本人、常世田本人、サイバーキッズ代表者、トライハート代表者、アトラス代表者、証人大島泉)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実を認めることができる(一部、前記争いのない事実と重複する)。
(一) 大島は、平成六年五月、それまで勤務していた同業の会社から独立し、タレントの売り込みやマネージメントを業とする会社(ボニータ)を始めた。なお、右会社は法人登記をしていない。
(二) 平成六年六月、大島は常世田を写真集のモデルとしてスカウトし、さっそく売り込みを初めたところ、英知出版株式会社(以下「英知出版」という。)から、写真集の撮影予定であったタレントの代役として、写真集出版の話が来た。そこで、常世田は同年七月ころから各地で撮影に入り、芸名についても「有賀みほ」と決定された。
(三) 写真集の撮影の後、英知出版から常世田をアダルトビデオに出演させ、英知出版の関連会社である株式会社メディアステーション(以下「メディアステーション」という。)からビデオを出したらどうかとの話があった。これに対し、常世田は出演を承諾したが、右写真集の宣伝のため常世田のヘアヌード写真が週刊誌に掲載されたことをきっかけに、出演を断る意向を示した。その後、常世田の希望を取り入れることを条件に、常世田は最終的にアダルトビデオの出演を承諾するに至った。常世田の希望とは、両親や友人に知られないように、スポーツ新聞やアダルトビデオ雑誌等に常世田の広告を載せないこと、アダルトビデオのパッケージに過激なタイトルを付けたり卑猥なシーンを載せないこと、ビデオ中でも過激なシーンを規制すること、将来、歌手としての活動もしたいこと等であった。
(四) 以上の経緯により、常世田のアダルトビデオ出演が決まり、これを受けて、平成六年九月ころ、オフィスボニータこと大島と常世田とは同月一二日付けのタレント活動を内容とする契約書を取り交わし、同日から平成七年九月一二日までの間に一〇本のアダルトビデオに出演すること、常世田への支払額は総額一〇〇〇万円であること、契約期間中に常世田の都合でキャンセルをする場合、当日の実費については常世田が負担すること等を合意すると共に、常世田が同年九月二〇日付けで同趣旨の契約書(さらに、受けた仕事のキャンセルはできないこと、契約期間中の解除の場合には常世田に費やした費用は常世田が負担すること等が付加されている。)を承認するに至った。いずれも保証人欄に記載はなかった(既に述べたとおり、これらを総称して「本件復帰前契約」という)。
(五) 平成六年九月二七日、オフィスボニータこと大島とメディアステーションとは契約書を取り交わし、同社が企画制作する作品につき、大島が有する企画制作に関するノウハウを同社に供与することを承諾する(第1条)、契約本数は四(六)本であり、メディアステーションは大島に対しノウハウ使用の対価として四八〇万円を支払う(第2条)、契約期間は同日から平成七年六月三〇日とする(第5条)等が合意された。また、大島はメディアステーションとの間で、常世田が出演するビデオ一本につき四〇〇万円の支払いを受ける旨を合意していた。
(六) 本件復帰前契約を受けて常世田はアダルトビデオ出演を開始したが、第一作目は常世田の希望による女ねずみ小僧の役柄であり、結局、平成六年中に三本のアダルトビデオに出演した。また、平成六年一〇月三日、前記(二)記載の写真集が出版され、同年一二月には常世田のファンクラブが結成された。
(七) 大島は、平成六年一一月ころ、常世田を売り込むために芸歴についてのプロフィール(甲第一七号証がテレビ・出版社用、甲第一八号証がヌード雑誌用)を作成すると共に、過去に大島がタレント飯島愛を売り込むためにそのプロフィールを登載した同じ雑誌に、常世田のプロフィールを登載した。このとき、常世田は既に二四歳であったが、プロフィールには一九歳と記載された。
(八) 常世田は、平成七年一月下句ころ、大島に対し、妊娠したので相手の男性と結婚予定であることを打ち明けた。驚いた大島は、妻の大島泉(以下「泉」という。)と共に、常世田と話し合い、常世田に対して出産後には仕事に復帰するよう依頼した。また、常世田は、当時、結婚費用、新婚旅行の費用等を捻出する必要があったので、大島との間で、腹部の目立たない期間についての仕事については出演することを合意した。なお、常世田は、婚約者と共に、妊娠初期と思われる平成六年一二月にハワイ旅行に行っていた。
その後、大島は、常世田の出演予定の入っていたビデオ制作会社や映画会社等にキャンセルの連絡をし、プロ意識に欠ける等のクレームの対応に追われた。
(九) 前記合意を受けて、常世田は、平成七年二月七日付けで誓約書を作成したが、その内容は、<1>妊娠三か月であるが、サイパンでの写真集、グラビア、アダルトビデオの仕事につき自分の意思で行うこと、<2>右期間中及びそれ以降、いかなる事態が起きても全て常世田の責任において処理することであった。常世田は日付のない<2>についての誓約書を別途三通作成し、大島、メディアステーション、英知出版にそれぞれ提出した。
なお、常世田は、同日付けの同意書もメディアステーションに提出しているが、その内容は、同社が企画制作するビデオソフト等を出版物、広告、販売等に使用すること、常世田が前記(五)記載の大島とメディアステーションとの間の契約に従い作品に出演すること、同社が制作する作品の一切の権利が同社に帰属することを同意するものであった。
(一〇) 平成七年三月三〇日、常世田はオフィスボニータこと大島に対し同意書を提出した。その内容は、両名間において本件復帰前契約を締結していたが、常世田の一身上の都合により一時契約期間の破棄、延長のため、以下の条項により双方同意するというものであり、常世田は大島の承諾なく作品の出演、販売はできないこと、常世田はファンクラブにおける活動はすること、常世田は平成九年三月末日までは大島に所属するタレントとしての自覚を持つこと等が定められていた。
(一一) 大島は、平成七年七月上旬ころ、常世田の自宅を訪問し、出産後のタレント活動への復帰を依頼したが、常世田は子供を産んで地道に生活したいから復帰したくないとの意向を示した。
(一二) 常世田は、平成七年九月一五日に出産した。常世田が復帰するか否かは不明であったため、大島が一〇月二七日に予定していたファンクラブ向けのバースディパーティーは実施できなかった。
そこで、大島は、再度、常世田に対し、復帰についての話合いを申し入れたところ、同年一一月ころ、常世田が夫と共に大島を訪れた。夫は常世田の復帰に反対していた。
(一三) その二、三日後、常世田の代理人であるとして水戸守弁護士(以下「水戸守」という。)から大島に対し連絡があり、常世田が復帰するつもりがないとのことなので、五〇万円の違約金を支払うからこの件は収めてほしい旨の申入れがあった。これに対し、大島は、あくまで常世田の復帰を求めるとして、この申入れを断った。
(一四) 大島は、常世田との話が進展しないため、平成八年四月ころ、本件訴訟代理人弁護士(以下「本件大島代理人」という。)に交渉を委任し、本件代理人を通じて、常世田に対し、平成八年五月二日付け内容証明郵便により、常世田が前記(一〇)記載の同意書に違反して復帰しないことにより、このままでは大島に莫大な損害が発生してしまうので、タレント活動に復帰することを求める旨を通知し、右郵便は同月四日に到達した。
(一五) 本件大島代理人は、平成八年七月四日付け書面及び同月二六日付け書面により、それまでの常世田との交渉において同人を代理していた水戸守に対し、依然として水戸守が代理人であるか否かの確認を求めたが、返答がなかった。
(一六) 常世田は、平成八年一二月一六日、本件大島代理人の弁護士事務所に電話をし、大島か泉に会いたいので連絡先を教えてほしいと依頼した。これを受けて、本件大島代理人から泉に連絡がされ、泉が常世田の自宅に電話をした。常世田は、夫と離婚する予定なので、もう一度ボニータで仕事をしたいと依頼した。
翌一七日、泉のみが常世田と会い、常世田の意向を確認した。常世田は、妊娠をきっかけにタレント活動をやめてしまったことを後悔していること、夫との夫婦生活がかなり辛いものであったこと、子供を育てていくためにも仕事に復帰したいこと等を話した。これに対し、泉は、常世田に対し、出産やブランクがあるので大島に話してみるとして、その日は別れた。
同月一九日、メディアステーションの担当者が常世田の面接をしたが、体のラインが崩れているかもしれないので検討させてほしいとの話があった。その後、大島及び泉が常世田と食事をした際、常世田から「残っているお金」はどうなるのかとの質問がなされたが、大島はその件に関しては考える旨を答えた。
同月二二日ころ、大島は常世田の実家を訪ね、常世田がタレント活動に復帰することにつき両親と話をした。
同月二四日ころ、メディアステーションの担当者が常世田の顔、身体全体のヌード等を撮影し、検討に入った。
同月二七日ころ、常世田は、大島に対し、夫が離婚を承諾せず、離婚をするなら常世田の実家にアダルトビデオのことを話す、離婚しても子供は渡さない等と言われているとして電話をかけてきた。大島が泉と共に常世田に会い、夫とよく話し合うようにアドバイスをした。その際、大島が、本気で仕事に復帰する気があるなら事務所に契約に来るよう言ったところ、常世田は、同月三一日ころが都合が良いので契約をしに行くと答えた。
(一七) 以上のような経緯を経て、平成八年一二月三一日、オフィスボニータこと大島と常世田との間で本件専属契約が締結された。
右契約書には、前記第二の一の5の各条項のほか、第3条1で定められた出演期間中、常世田は健康に十分注意し、第2条で出演対象として定められた出演に支障が出ないようにする(第3条3)、契約金は二〇〇万円、ビデオは出演一回につき八〇万円、写真集は出演一回につき五〇万円とする、但し、アダルトビデオ等の制作者が販売を中止したときは右出演料を支払わないものとする(第4条1)、契約金については出演期間満了時(原文は「本日」であるが訂正されている。)に支払い、出演料については半額を出演後二か月以内に残額を出演期間満了時に支払う(第4条2)、常世田は第2条の出演に際し不本意なポーズ等が求められたときはその場で直ちに異議を述べられるが、異議を述べなかったポーズ等はその後異議を述べられない(第6条)、常世田が第2条の出演をしなかったときは、大島は契約金二〇〇万円の返還を求めると共に、常世田のために支出した費用(スタジオ代、カメラマン代、メイク代、人件費、売り込み費用、写真現像代)の支払いを求める(第7条)等の条項がある。
右契約書を取り交わすにあたっては、泉が一か条ずつ読み上げた後、大島が特に重要と思われた第2条(出演対象)、第4条(契約金・出演料)及び第5条(専属等)につき説明をした。その上で、常世田は右契約書に署名捺印をした。また、大島が常世田に対し、連帯保証人を誰にするか聞いたところ、常世田は父を連帯保証人にするが両親にはアダルトビデオのことを知られたくないから自分が署名すると述べ、連帯保証人欄に父の名を記載し、捺印はしなかった。
契約金二〇〇万円については、一度に多額の金員をもらうと、離婚後に児童扶養手当を受給する際に差し支えるとの常世田の希望により、ビデオ一〇本に応じ一〇分割し、一本につき二〇万円を上乗せしていくこと、すなわちビデオ一本八〇万円に二〇万円を足した一〇〇万円ずつを支払うことが合意された。また、一〇〇万円の支払時期については、復帰前と同様、一本ずつリリースされた後にその都度支払っていく旨が合意された。
(一八) 平成九年一月一四日、ボニータこと大島とメディアステーションとの間で契約書(以下「本件出演契約」という。)が取り交わされたが、その内容は、大島が、大島に所属する常世田を、メディアステーション及びそのグループ会社が企画、制作するあらゆる著作物作品に出演することを承諾する(第1条)、契約期間は平成九年一月一四日から同年九月末日、作品内訳はアダルトビデオ五本とする(第2条)、メディアステーションは大島に対し出演料として総額二八〇〇万円を支払う(第4条)、大島は、契約期間中に、発売、上映、放送する他社のあらゆる映像作品に、常世田の出演交渉及び出演作品の制作を行わないことを了承する(第8条1)等であった。なお、五本で二八〇〇万円という趣旨は、以下のとおりである。大島は、常世田の出産及び長期のブランクというリスクを負っていたため、メディアステーションに対し出演料以外に別途プロモーション費用がかかると要求していた。そこで、一本当たりの出演料を四〇〇万円、プロモーション費用を五〇万円とし、本来五本で二二五〇万にしかならないところを、既に撮ったフィルムを利用するかあるいは新しく撮る等してさらにもう一本出すことがあるからとの趣旨で、合計二八〇〇万円と定められた。
同日付けで、常世田はメディアステーションに同意書を提出したが、その同意の対象は、メディアステーションが企画制作するビデオソフト等を出版物、広告、販売等に使用すること、常世田が本件出演契約の内容に従い作品に出演すること、メディアステーションが制作する作品の一切の権利が同社に帰属することであった。
(一九) 常世田は、平成九年一月二一日、夫と正式に協議離婚をすると共に、児童扶養手当の受給を申請し許可された。
(二〇) 平成九年一月二三日ころから二四日ころにかけて、常世田出演の一本目のアダルトビデオの撮影がなされた。
(二一) 平成九年一月二七日ころ、大島は、常世田から、児童扶養手当の関係で、一本出演するごとに一〇〇万円というのではなく、給料のような形で支払いを受けたいと依頼され、具体的には一か月四〇万円ずつを二年間で支払っていくことが合意された。これを受けて、大島は、常世田に対し、同年二月五日ころ、源泉徴収分を差し引いた三六万円を、同年三月六日ころ、同じく三六万円を振り込んだ。
(二二) 常世田は、平成九年二月一三日ころ、大島に対し、出演料を上げてほしい、車を買ってほしい等と言い出した。すなわち、常世田は、本件復帰前契約においては、一本一〇〇万円で一〇本を撮り、一一本目から二〇本目までは一本二〇〇万円に上げることになっていたとして、大島に対し、今回の出演料を一本二〇〇万円にしてくれるよう依頼した。これに対し、大島は、制作会社から常世田が痩せすぎでキャンセルが来るかもしれないので太らせるようにと言われていたことや、実際に同年一月ころ、英知出版から写真集のキャンセルがあったこと等から、これを受け入れることはしなかった。
(二三) 平成九年二月中旬ころ、常世田は江藤を通じてサイバーキッズの白岩に対し、大島が出演料を支払ってくれないこと、制作会社からの出演料の大半を持っていかれていること等から、ボニータを辞めたい旨を相談した。そして、常世田が本件専属契約があるため辞めることについて大島の了解が得られない可能性があると話したので、白岩は、大島に対し内容証明郵便を出して本件専属契約を解消するようアドバイスした。また、白岩は、常世田から生活のため今後のタレント活動についての相談も受けたが、その時点では即答を避け、大島の反応を見てからということになった。
(二四) その後、白岩は、常世田と共に、メディアステーションの社長である古川某(以下「古川」という。)と話合いに行った。古川は、白岩に対し、常世田と二人きりで話したいと希望した上、常世田に対し、大島とのトラブルに巻き込まれたくないので、あと一本アダルトビデオに出演すれば、メディアステーションとしてはこの件を収めるとの意向を示した。
なお、後記(二五)の後に、常世田出演の三本目のアダルトビデオが制作されているが、右ビデオ制作については大島を通さずに、直接メディアステーションから常世田に対して出演料として一〇〇万円が支払われている。したがって、常世田の復帰後に大島が関与したアダルトビデオは二本のみであるが、一方で、大島の訴状に記載のあるとおり、メディアステーションから大島に対しては、アダルトビデオ三本分として、前記(一八)記載の合意通りの一三〇〇万円(一本の出演料四〇〇万円にプロモーション費用五〇万円を上乗せしたものの三本分)が支払われている。
(二五) 平成九年二月二二日ころから二四日ころにかけて、常世田の二本目のアダルトビデオの撮影が行われた。
(二六) 泉は、平成九年二月二八日ころ、常世田から相談があると言われて二人で会うことにした。その際、常世田は、メーカーからAランクの女優のギャラは一本二〇〇万円から三〇〇万円であるところ、自分のギャラはBランクかCランクであると聞いたので、ぜひ出演料を値上げしてほしいと依頼した。これに対し、泉は、常世田が出産せずあのまま活動していたのであればともかく、現在出演料を上げることは難しいと思うが、とにかく大島に伝えると話した。
(二七) 平成九年三月九日ころ、常世田の婚約者と名乗る江藤から、大島に対し、常世田の仕事をやめさせたいので話があるとの電話連絡があった。同月一一日、大島が江藤と会い、今常世田がタレント活動をやめると本件専属契約違反になると伝えたところ、江藤が右契約書を見せるよう言ったので、大島は、江藤の素性がわからないこともあって、常世田が同伴する席であれば見せる旨を伝えた。
同月一七日、江藤が男性二名と常世田を同伴してホテルのロビーに現れたので、大島が常世田に結婚の話を尋ねたところ、結婚は急に決まったとのことであった。大島はその場で常世田に対し本件専属契約の契約書を手渡した。
(二八) その後、常世田は、予定されていたアダルトビデオや写真集の撮影等をキャンセルし始めた。
(二九) 前記(二七)のような事情もあり、大島は、平成九年四月五日ころに予定していた常世田への三六万円の振込みは実施しなかった。
(三〇) 常世田は、白岩のアドバイスに基づき、大島に対し、平成九年四月七日付けの第一通知書により、本件専属契約が無効であることを宣言し、右契約に基づく拘束を今後一切受けない旨の内容を通知すると共に、復帰前の平成七年制作分のビデオ等の未払出演料、復帰後の平成九年制作分のビデオの出演料の支払いを求めた。右通知書は翌八日に大島に到達した。
(三一) これに対し、大島は、常世田に対し、平成九年四月一〇日付け内容証明郵便により、本件専属契約が有効である旨反論すると共に、復帰前の出演料については常世田がこれを「放棄」したこと、復帰後の出演料については支払時期未到来であること等を理由にこれらの支払いを拒絶し、かえって本件専属契約に基づく債務(出演)の履行を求め、違約金等の請求の可能性も示唆した。
(三二) 大島の対応を見た白岩及び常世田は、弁護士に頼むしかないと考え、本件常世田代理人に相談をしたところ、同人から、大島に未払いの出演料があり債務不履行があるから本件専属契約には縛られないし、常世田自身の生活の問題もあるからタレント活動をしてもよいのではないかとのアドバイスを受けた。
これを受けて、常世田は本件常世田代理人を通じて、大島に対し、平成九年四月二八日付けの第二通知書により、本件専属契約が既に第一通知書により解除された旨を改めて通知すると共に、復帰前後の出演料の支払いを求めた。
(三三) サイバーキッズの代表者である白岩は、大島に第一通知書を送付したころに、アダルトビデオ販売会社であるトライハートの関連会社で制作会社である株式会社レイジングカンパニー(以下「レイジングカンパニー」という。)に対し、常世田の売り込みをしていた。当時、トライハートの現代表者である柿崎高(以下「柿崎」という。)がレイジングカンパニーの代表者であったところ、柿崎は、サイバーキッズの売り込みに対し、レイジングカンパニー及びトライハートに何ら法的責任が発生しないなら、常世田出演のアダルトビデオの制作販売をしてもよいが、本件専属契約に伴う大島と常世田のトラブルに巻き込まれたくないとして、制作販売に躊躇していた。しかし、平成九年五月上旬ころ、本件常世田代理人から柿崎に対し、直接前記(三二)記載の法的見解が伝えられたため、レイジングカンパニーはアダルトビデオの制作に踏み切った。
(三四) 柿崎は、サイバーキッズから常世田の売り込みがあったころ、この話を販売会社であるアトラスの担当者にも話していた。アトラスもまた、柿崎から本件常世田代理人の法的見解を聞いた上で、常世田出演のアダルトビデオの販売に踏み切ることにした。
(三五) 大島は本件大島代理人を通じて、常世田に対し、平成九年五月一六日付け内容証明郵便により、常世田の第二通知書における主張に反論した。この写しは、白岩を通じて、柿崎及びアトラスの担当者に交付された。柿崎が白岩に対し制作をして大丈夫かと再度確認したところ、白岩は問題ないと答えた。
(三六) 大島は、平成九年五月中旬ころ、メディアステーションの古川から、常世田の売り込みが来ている旨の電話連絡を受けていた。
(三七) レイジングカンパニーは、常世田出演のアダルトビデオの撮影を平成九年五月中旬ないし下旬ころから開始し、一本目は同年八月一五日にリリースされ、二本目は同年八月中旬ころ撮影され、同年一一月二八日にリリースされ、三本目は同年一〇月中旬ころ撮影され、平成一〇年一月二三日にリリースされ、四本目は平成九年一一月中旬ころ撮影され、平成一〇年二月二〇日にリリースされた。これらのアダルトビデオはトライハートにより販売されたが、一本目は三五〇〇本位売れたものの、三本目からは二〇〇〇本を切るようになった。
また、レイジングカンパニーが制作し、アトラスが販売したアダルトビデオは三本であり、一本目は平成九年六月中旬ころ撮影され、同年一〇月一日にリリースされ、二本目は同年七月下旬ころ撮影され、同年一一月五日にリリースされ、三本目は同年九月下旬ころ撮影され、同年一二月二五日にリリースされた。これらのアダルトビデオは一七〇〇本前後が売れたが、徐々に販売本数は減っていった。
(三八) 大島は本件大島代理人を通じて、トライハート及びアトラスに対し、平成九年六月二七日付け内容証明郵便により、常世田出演にかかるビデオの制作、販売の話を聞いたとして、右制作、販売を実施すれば、本件専属契約に違反し、共同不法行為に該当するとして、右制作、販売の中止を申し入れ、右郵便はいずれも同月三〇日に到達した。
(三九) 右通知を受けた柿崎が再度白岩に相談したところ、白岩を通じて、大島の請求には法的根拠がない旨の本件常世田代理人の見解が示されたので、レイジングカンパニーはアダルトビデオの制作を続行した。また、柿崎は本件常世田代理人の右見解をアトラスの担当者にも伝えた。
(四〇) 大島は、平成九年九月一九日、甲事件を提訴し、常世田は、平成一〇年一月二一日、乙事件を提訴した。
(四一) 常世田は、ボニータを離れた後、平成九年四月ないし五月ころから、サイバーキッズの一〇〇パーセント子会社でありプロダクション業務を行う有限会社フラッグシップ(以下「フラッグシップ」という。)に所属してタレント活動を行うようになったが、フラッグシップとの間で正式に契約書を交わすことなく「フラッグシップ預り」の形で今日に至っている。
フラッグシップ所属中、平成一〇年六月ころまでの間に、常世田がタレント活動により得た収入は、レイジングカンパニー制作の前記(三七)記載のアダルトビデオ七本への出演料として、うち四本につき一本一五〇万円(なお、常世田及び白岩は、当初、各陳述書で一本三〇〇万円と述べていたが、証拠調べにおいて確認したところ、白岩が一本一五〇万円であると供述するに至り、これを常世田に確認したところ右金額であることを認めた。)、残りの三本につき一本一一二万五〇〇〇円(当初の二二五万円が同様の経緯により半額であることが確認された。また、常世田の陳述書では四本とあるが三本であることが確認された。)のほか、写真集一冊二〇万円(証拠調べの結果、供述に変遷があるが半額であると認められる。)であった。
(四二) 常世田は、平成一〇年九月から一〇月にかけて、各地を回りながらストリップショーに出演した。また、常世田が出演したアダルトビデオの広告は、現在ではスポーツ新聞やアダルトビデオ雑誌に掲載されている。
(四三) 常世田は、平成一一年一二月ころ、週刊誌に「伝説のビデオ女優」として二頁のグラビアが登載された。
2 本件専属契約の効力について
(一) 公序良俗違反の抗弁について
常世田は、本件専属契約が暴利行為であるにもかかわらず、常世田の無知、軽卒さに乗じて締結されたと主張するのでこれを検討する。
前記第二の一の事実及び第三の二の1の事実(以下、これらを総合して「既に認定した事実」という。)によれば、本件出演契約において大島がメディアステーションから出演料として受領する旨合意していたのはアダルトビデオ一本につき四〇〇万円であること、大島は常世田に対し、契約金を分割し上乗せの上、一本当たり一〇〇万円を支払う約束をしていること、本件専属契約締結にあたっては大島は泉と共にその内容を詳しく説明し、その上で常世田に署名押印させていること、甲第一八号証と乙第九号証の二丁表裏を比較すると、出産及び加齢の影響により、復帰前と復帰後とでは、常世田の容姿、バストの大きさや張り、身体全体の豊満さやみずみずしさ等にかなりの違いがあること、トライハート及びアトラス販売にかかるアダルトビデオ計七本はすぐに売上げが落ちたこと、したがって、復帰前にはトップクラスのアダルトビデオ女優であった可能性は否定できないものの、復帰後は到底トップクラスとは言い難いこと、常世田は復帰後わずか一本のアダルトビデオに出演しただけの段階において、大島に対し出演料を二〇〇万円に上げるよう要求しているが、出産及びブランクを考慮すると、客観的にみても時期尚早と言えること、大島は本件復帰前契約においても常世田をタレントとして大切に育ててきたことが窺われること、したがって、常世田は突然の妊娠により大島に多大な迷惑をかけたにもかかわらず、結局は大島を頼って、再度の契約締結を懇願したことが窺われること、大島としては出産及び加齢によるリスクを念頭に置きながらも本件専属契約を締結したこと、常世田はフラッグシップとの間では正式の契約を締結しておらず「預り」の状態であることが認められるが、これらの事実は、むしろ、本件専属契約が暴利行為ではなく、公序良俗には違反しないことを示すものである。
また、常世田がフラッグシップ預りの間に出演したアダルトビデオにつき、白岩は、制作会社であるレイジングカンパニーないしトライハートからアダルトビデオ一本につき三〇〇万円を受領し、常世田にその半額の一五〇万円を渡したと供述し、これを受けて、常世田は、フラッグシップの出演料のシステムはガラス張りでボニータと全く異なる旨を供述するが、一方で、柿崎は、アダルトビデオ一本につきフラッグシップに三〇〇万円か四〇〇万円を支払った旨を供述し、さらに大島の陳述書(甲一五)中には柿崎とアトラスの担当者がそれぞれアダルトビデオ五本で三〇〇〇万円の契約(一本六〇〇万円)を締結したことを大島が柿崎らから直接聞いた旨の記載があり、これらの供述等からすれば、フラッグシップの受領額が三〇〇万円であるとの白岩の供述は信用し難く、フラッグシップの受領額は白岩の供述額よりも高額であった可能性が高い。そして、既に認定したとおり、常世田の受領金額は一本当たり一五〇万円ないし一一二万五〇〇〇円であったから、結果的に、四〇〇万円のうちの一〇〇万円を受領していた本件専属契約とその内容においてそれほど差がないと言うことができ、フラッグシップのシステムの方がガラス張りであったとの常世田の供述はこれを信用することができない。
以上の点を総合して検討すると、本件専属契約が常世田の無知、軽卒さに乗じて不当な利益を得る暴利行為であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。したがって、本件専属契約が公序良俗違反であるとの常世田の主張は理由がない。
(二) 錯誤無効の抗弁について
常世田は、そもそも本件出演契約に基づきメディアステーションが大島に対して支払う出演料は、常世田のアダルトビデオ出演に対する対価であり、大島は常世田の代理人としてメディアステーションと本件出演契約を締結しているにすぎないから、メディアステーションから受領する出演料及び大島が控除して取得するマネージメント料は、本件専属契約の重要な要素であるところ、常世田は本件専属契約の契約書の交付も受けておらず、この点につき錯誤があったと主張する。
しかし、既に認定した事実によれば、本件出演契約はあくまで大島とメディアステーションとの間の契約であって、大島が常世田の代理人として締結したものではないこと、その内容も、ボニータに所属する常世田がメディアステーション等制作の作品に出演することを大島が承諾し、これに対しメディアステーションが大島に出演料を支払うというものであり(第1条、第4条)、実質が常世田とメディアステーションとの間の契約であるとは到底言えないこと、大島とメディアステーションとの間では、メディアステーションから大島に対していくらを支払うかについての合意があるだけであって、大島がメディアステーションから受領した出演料のうちいくらを常世田に支払うかについては何ら取り決めがないこと、本件専属契約は平成八年一二月三一日に締結されているが、本件出演契約は平成九年一月一四日に締結されていることが認められる。これらの事実に鑑みれば、本件出演契約において大島が受領する出演料とそこから控除するマネージメント料が本件専属契約の重要な要素であるとまでは言えない。また、既に認定した事実によれば、本件専属契約の契約書を常世田に交付しなかったのは、専ら両親に知られたくないとの常世田側の事情によるものであると認められること、既に認定したとおり、本件専属契約締結にあたっては詳しい説明がなされていることに鑑みれば、本件専属契約締結にあたって常世田に錯誤があったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
したがって、本件専属契約が常世田の錯誤により無効であるとの主張は理由がない。
(三) 以上より、本件専属契約は有効である(なお、損害についての主張は、後記3で述べるとおり本件専属契約の解除を認める関係から、検討の必要がない)。
3 本件専属契約の解除について
(一) 債務不履行の有無について
既に認定した事実によれば、常世田は、大島に対し、第一通知書により本件専属契約の解除の意思表示をしたものと認められるところ、まず、これが大島の債務不履行を原因とする解除であるか否かにつき検討する。
まず、後記5で述べるとおり、大島には復帰前の出演料の未払債務はない。次に、復帰後の出演料について検討すると、既に認定した事実によれば、常世田は本件専属契約に基づき二本のアダルトビデオに出演したこと、契約時の取決めによれば二〇〇万円を受領すべきところ八〇万円しか受領していないこと(なお、常世田は受領額が七二万円であると主張するが、源泉徴収額を無視する主張であり、甲第一六号証から八〇万円であると認められる。)、平成九年一月二七日ころ、大島と常世田との間で、一本リリースされるごとに一〇〇万円を支払うのではなく、月々四〇万円ずつを給与の形で支払っていくことが合意されたこと、右合意に基づき同年二月五日に四〇万円、三月六日に四〇万円が支払われたが、同月中旬ころ常世田が江藤を同伴して本件専属契約があるにもかかわらずタレント活動をやめる旨の申入れをしたこと、したがって大島は同年四月五日分の四〇万円の振込みをしなかったこと等が認められ、右事実に既に認定した事実を総合して検討すると、本件第一通知書が発送された同年四月七日の時点において、大島の右四〇万円分の不払いにつき、大島の責に帰すべき事由があったとまでは言い難いから、右不払いが大島の債務不履行になるということはできない。また、常世田は、二本目のアダルトビデオに出演する前の同年二月中旬ころ出演料の支払いを求めたところ、大島からトラブルになった以上は全て支払えないと言われたと供述するが、その後の同年三月六日に大島が四〇万円を振り込んでいる事実と矛盾するものであり、常世田の右供述は信用できない。
次に、常世田は大島の告知義務違反を主張するが、既に認定した事実及び前記2の(二)記載の検討結果によれば、本件専属契約において、本件出演契約により大島が受領する出演料及び大島が取得するマネージメント料が、契約の重要な要素であるとまでは言えないこと、既に認定したとおり白岩も実際に制作会社から受領した出演料の額を常世田に告げていない可能性があること、常世田は専ら本件専属契約の性質から右告知義務を導くが、既に認定したとおり本件専属契約を常世田主張のような代理構成とみることはできないこと、他に右告知義務を導く実体法上の根拠はないこと等に鑑みれば、本件専属契約において常世田主張のような告知義務が大島に存在すると認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
以上より、大島の債務不履行を原因とする本件専属契約の解除は認められない。
(二) 民法六五一条による解除の成否について
本件専属契約の性質については、当事者双方それぞれの主張を展開しているが、本件専属契約はその専属の取決めから大島に債務不履行がない限り常世田による解除が許されないのか、あるいは委任契約における解除の規定を適用することが可能なのかとの観点から検討する。
既に認定した事実によれば、本件専属契約の内容は、常世田が大島の専属タレントとして出演等の業務を行うこと、大島は常世田に対し出演料及び契約金を支払うことを内容とするものであるところ、大島サイドからみれば、委任者である大島が受任者である常世田に対し、事実行為である出演等の事務を委任し、これに対して出演料等の報酬を支払うとの準委任契約関係であるとみることが可能であり、一方、常世田サイドからみれば、委任者である常世田が受任者である大島に対し、自己の出演すべき仕事のマネージメントの事務を委任したとみることもできる(但し、この関係が無償であれば準委任と考えることができるが、大島は常世田ではなく制作会社から右当事者間の別個の出演契約に基づき出演料を受領しているので、本来の準委任契約関係とは言い難い)。したがって、本件専属契約は純然たる準委任契約関係か否かはともかくとして、少なくとも準委任契約に類似した無名契約関係であり、委任の要素は含まれていると解される。なお、大島は、本件訴訟の終盤になって、本件専属契約が雇用契約又は請負契約の性質を有すると主張するに至っているが、既に認定した事実からすれば、大島と常世田との間に指揮命令関係、使用従属関係があるとは言い難く、また、特定の仕事の完成を目的とするものでもないから、純然たる雇用契約関係又は請負契約関係にあるとは言えない。
そして、本件専属契約の拘束力は、本来契約締結時に二〇〇万円という高額の契約金を支払うことがその大きな根拠となると考えられるところ、既に認定したとおり、大島は契約締結時に右契約金を支払っていないこと(これが児童扶養手当の関係で常世田の希望を容れてのことであっても、支払っていないとの事実に変わりはない。)、本件専属契約とは全く別個の契約関係ではあるが、本件専属契約に事実上影響を及ぼす立場にある本件出演契約の当事者であるメディアステーションが、常世田が大島との本件専属契約を解消することに同意していること、既に述べたように本件専属契約には委任の要素も含まれること等を総合して検討すると、本件専属契約につき、民法六五一条一項を適用ないし類推適用して、常世田から解除をすることは許されるというべきである。
よって、本件専属契約は、常世田の第一通知書の大島への到達により、平成九年四月八日をもって解除されたものと認められる。
(三) 民法六五一条二項に基づく損害賠償責任について
常世田の損害賠償責任の有無を検討するにあたっては、まず、相手方である大島の不利な時期に解除をしたか否かが問題となるが、既に認定した事実によれば、常世田が大島に解除の意思表示をした平成九年四月八日の時点においては、既に大島はメディアステーションとの間で本件出演契約を締結していたこと、大島は右契約により少なくとも五本分の利益を得られるはずであったところ、二本を撮った段階で本件専属契約を解除されていることが認められ、右事実に既に認定した事実を総合して検討すると、常世田による解除は大島にとって不利な時期になされたものと認めることができる。
そして、その損害は、解除の時期の不当なことによる損害のみをいうところ、既に認定した事実によれば、大島は本件出演契約において六本で二八〇〇万円の合意をしているが、そのうち常世田の出演が具体化していたのは五本のみであり、実際に常世田が出演したのは二本であること、三本目については大島は関与していないにもかかわらず、メディアステーションから三本分として一三五〇万円の支払いを受けていること(既に認定したとおり、メディアステーションは常世田にも三本目のアダルトビデオ出演に対し一〇〇万円を支払っているが、トラブルを避けようとしたメディアステーションが、大島と常世田に二重払いをしたものと推認される。)が認められるから、これらの事実によれば、時期の不当なことにより大島が受けた損害は、アダルトビデオ二本分であると認めることができる。そして、既に認定したとおり、本件出演契約においては、一本につき出演料四〇〇万円及びプロモーション費用五〇万円の計四五〇万円が合意されていたが、プロモーション費用については常世田が出演しないことにより大島もその支払いを免れたのであるから、大島が得るはずであった利益は、一本につき、その出演料四〇〇万円から常世田に支払うべきであった一〇〇万円を控除した三〇〇万円であると認めることができ、結局、解除の時期の不当なことにより大島の受けた損害は、二本分の計六〇〇万円であると認められる。大島は、将来の得べかりし利益全額と違約金全額を損害として請求するが、既に述べたとおり民法六五一条二項にいう損害は解除の時期の不当なことによる損害のみをいうこと、本件専属契約が解除されている以上違約金を請求する根拠がないことからすれば、大島の請求は、六〇〇万円を超える金額についての損害の支払いを求める部分につき理由がない。
(四) 以上より、甲事件について、甲事件被告常世田は、甲事件原告大島に対し、民法六五一条二項に基づき、六〇〇万円の限度で損害を賠償する責任を負う。
4 共同不法行為について
既に認定した事実によれば、常世田出演のアダルトビデオを制作したのは被告となっていないレイジングカンパニーであるが、当時の代表者である柿崎は、直接本件常世田代理人の法的見解を聞いて、法的責任を問われることはないと考え、制作を決意し撮影を開始したこと、その後、柿崎は、直接トライハート宛てに内容証明郵便が届くに至って白岩に相談し、再度白岩を通じて本件常世田代理人の法的見解を聞いた上、撮影を続行したこと、また、トライハートとして販売に踏み切ったこと、アトラスは柿崎から右経過を聞いて販売に踏み切ったこと、白岩は、常世田が大島に第一通知書を送付するまでは、表立って常世田を売り込むことをせず、本件常世田代理人の法的見解を聞いた上、法的責任を問われることはないと考え、改めてサイバーキッズとして常世田を売り込んだことが認められる。そして、専門家である弁護士が一応の法的見解を述べ、当事者がこれに従った場合において、右見解を聞いただけでは足りず、さらに常世田の主張が法的に通るのかを確認しなければならない注意義務が、サイバーキッズ、トライハート及びアトラスに存在したとまでは言えないから、既に認定した事実関係においては、右三名が弁護士の法的見解を聞いた上で常世田を売り込み、あるいは常世田と契約関係に入ったことが、道義的にはともかく、不法行為にまで該当するとは認め難い。
したがって、甲事件において、甲事件原告大島の甲事件被告サイバーキッズ、同トライハート及び同アトラスに対する請求はいずれも理由がない。
5 復帰前の出演料について
(一) 復帰前の未払出演料の金額につき争いがあるので検討する。証拠(甲二五の1)によれば、常世田には前借金一〇万円があったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、当初の未払出演料二五〇万円から一〇万円を差し引くことは認められる。しかし、常世田の歯の治療費七〇万円については、既に認定した本件復帰前契約の内容からすれば、本来、大島の業務において必要経費として別途計上すべきものであり、常世田に対する出演料から差し引くべきものではないから、右七〇万円を差し引くことはできないと解すべきである。
したがって、復帰前の未払出演料の額は二四〇万円であったと認められる。
(二) 次に、常世田による免除がなされたか否かにつき検討する。
既に認定した事実によれば、常世田が出産前に大島に対して復帰したくない旨を表明した際、これで契約関係が終了するにもかかわらず未払出演料の支払いを要求していないこと、常世田が水戸守を通じて解決金五〇万円の提示をした際にも未払出演料の請求はなされていないこと、本件専属契約を締結するにあたっても常世田は未払出演料の請求をしなかったこと、大島は、従前常世田が本件復帰前契約を締結したのに復帰しなかった際、内容証明郵便(甲一〇の1)により復帰しないのであれば計一七九五万円の損害賠償を請求する旨を通知しており、その後常世田が復帰しなかったにもかかわらず、常世田に対し一切右復帰前の損害賠償を請求することなく本件専属契約を締結していること等が認められるから、右事実に既に認定した事実を総合して検討すると、常世田は、大島に対し、遅くとも本件専属契約締結までの間に、未払出演料二四〇万円の支払債務を免除する旨の意思表示をしたものと認められ、一方、大島も常世田に対し、遅くとも本件専属契約締結までの間に、復帰前の事由に基づく損害賠償債務を免除する旨の意思表示をしたものと認められ、本件専属契約締結によって、両名間の復帰前における債務がそれぞれ清算されたものと認めることができる。
これに対し、常世田は、復帰の際に未払出演料の支払いを要求し、大島及び泉がこれを納得していた、復帰すれば支払うと言われた、泉がその支払いを承諾した等と供述するが、大島及び泉がその供述及び証言中でこれを否定していること、常世田のいう「残ったお金」との表現が仮に損害賠償債務だけでなく未払出演料も含むものであったとしても、既に認定した経緯からすれば一切の清算がなされたと認められること、その他既に認定した事実関係に鑑みれば、常世田の右供述を信用することはできず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上より、大島の復帰前の未払出演料二四〇万円の支払債務は消滅したものと認められる。
6 復帰後の出演料について
(一) 常世田は、主位的請求として、本件専属契約の無効を前提とする不当利得の返還を求めるが、既に認定したとおり、本件専属契約は有効であるので、右請求は理由がない。
(二) 次に、本件専属契約の有効を前提とする未払出演料につき検討すると、前記3の(一)で検討したとおり、常世田は二本のアダルトビデオに出演し、二〇〇万円の支払いを受けるべきところ八〇万円のみの支払いを受けているので、常世田の復帰後の未払出演料の額は一二〇万円であると認められる。なお、常世田は、その陳述書(乙六)中で、三本目のアダルトビデオに出演した際にメディアステーションから一〇〇万円を受領したのは餞別的な意味合いであった旨を述べるが、既に認定したとおり、常世田の三本目のアダルトビデオ出演にあたっては大島は全く関与していないから、常世田が三本目の出演につき、大島に対して出演料を請求できる実体法上の根拠はない。
したがって、復帰後の未払出演料は一二〇万円であると認められる。
(三) しかし、大島が常世田に対し、平成一〇年五月二八日の第七回口頭弁論期日において、右出演料債権を、甲事件に基づく損害賠償請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実であるから、常世田の右一二〇万円の債権は消滅したものと認められる。
(四) 以上より、乙事件原告常世田の請求は全部理由がない。
三 結論
以上を総合すると、甲事件原告大島の甲事件被告常世田に対する請求は、前記二の3で認定した六〇〇万円から、前記二の6において相殺に供された一二〇万円を控除した四八〇万円の限度でこれを認めることができ、その余は理由がない。また、甲事件原告大島の甲事件被告サイバーキッズ、同トライハート及び同アトラスに対する請求はいずれも理由がない。また、乙事件原告常世田の乙事件被告大島に対する請求は、前記二の6の相殺の結果、全部理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 釜井裕子)